上記の記事で少し書きましたが、私の家系はしきたりを重んじる家系であり、個人の幸福よりも家、もっと言えば、全体の秩序を重んじる家系でした。後になって知ったことですが、父方は軍人の家系、母方は教育者の家系だったらしく、どちらも職業的に出しゃばらないで、全体の秩序を守ることが仕事なわけですから、納得と言えば納得です。
この家柄が災いして、私は中学校の修学旅行に行けませんでした。
私は修学旅行のしばらく前に、足を骨折してしまい、入院をしていました。担任以外にも何人もの先生達がお見舞いに来てくれて、JRには障害者の方々が車いすで移動するためのエレベーターがあるから、それで電車にも乗れるし、クラスのみんなで、車いすを押すから一緒に修学旅行に行こうと、先生方はおっしゃってくれました。私も車いすで行く気満々でした。
離婚していて、一緒には暮らしていなかった母がたまに病院にお見舞いに来てくれていたのですが、母にも、車いすで修学旅行に行くことになったと、嬉しくて話してしまいました。
「まさか、あんた、修学旅行に行く気じゃないよね?」
私は、母が何を言っているのか分かりませんでした。ですが、その母の気迫に、どういう意味か聞くこともできず、戸惑っていると、
「他の生徒さんたちに、どれだけの迷惑がかかると思っているの?楽しい修学旅行で人の車いすを押さなければいけなくなる人の身にもなりなさい。あんたは自分さえよければそれでいいの?」
どうしてかは、分からないけど涙がポロポロとこぼれました。ああ、この人(母)は私の気持ちなんか何も考えてくれないのだと思いました。私は、物分りのいい子でした。
「分かった。行かないって先生たちに言う。」
と、言ったら、母は納得しましました。私はいっさい疑問の言葉も、反抗の言葉も発しませんでした。それでなくても同居している父親に虐待されて辛い思いをしているのに、同居していない母親とまで、揉めたくない、という気持ちだったと思います。
先生方が、次にお見舞いに来てくださったときに、私は
「修学旅行には行きません。ありがとうございました。」とだけ、告げました。
当然、先生方は
「どうして、一緒に行こうよ。」と、言ってくれました。
私は、母親に行くなと言われたとは言えませんでた。上手く言えませんが、それを先生方にいうことは母親を悪者にしたような、密告したような気持ちになると思い、いえませんでした。私は、それ以上何も言えずに、ただ、ポロポロと涙をながすばかりで、ずっと泣き通しで、先生がたも私が泣いてばかりなので、何がなんだか分からず帰って行きました。中学生の私は、私ひとりがガマンすれば全て丸く収まると考えました。人に迷惑をかけちゃいけないと。
私は、母親を説得する気にはならなかったし、事情を先生方に話して、先生方と母親が揉めるのも耐えられなかった。もし、先生方に「母親は行くなと言ってるけど、私は行きたい。」なんて言って、じゃあ、母親と先生が話をするということになって、母親の機嫌を損ねるのが怖かった。気に入らないことがあるとずーっとぐずぐずいうタイプだったので、そんな面倒なことになるなら修学旅行は諦めようとおもいました。
現代の親たちは、みんなに助けてもらって車いすで修学旅行に行けばよかったのに、と思う人のほうが多いのでしょうか?それとも、みんなに迷惑をかけてはいけないから、怪我人は修学旅行に行ってはいけないという親のほうが多いのでしょうか?
母は家柄の教え通りに、忠実に個人の幸福よりも、全体の秩序を重んじるように私を教育しようとつとめました。それも原因のひとつとなって、私は、かなり、よい年頃まで自分探しを続けてしまうような、おかしな人間に育ってしまったのでした。そして、ネットで変なブログを書いてストレス発散するおばさんになってしまったのです。
あなたが私の母親だったら、行かせる、行かせない、どちらを選択していたでしょうか?