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太っている人はだらしないの?*太っている体形が嫌いな「肥満嫌悪」とボディポジティブ運動

 

ファットフォビアとは

ファットフォビアという言葉をご存じでしょうか?

  • 「ファット」=太っている・脂肪
  • 「フォビア」=恐怖症 、病的な嫌悪

という意味です。つまりファットフォビア(Fatphobia)とは肥満恐怖症 という意味です。太っていることや太っている人への病的なほどの嫌悪や不快感を持つ人の考えや行動を意味します。

ファッション業界の功罪

 日本を含めた多くの国では、現在、痩せていることこそが美しいとされています。それは、一流ブランドを中心としたファッション業界が、極端に痩せたモデルを起用し、その体形こそが衣服を美しく見せると喧伝してきた結果です。

 WHO(世界保健機関)の指針ではBMI18.5以下は痩せすぎと判定してます。ですが、モデル体型と呼ばれる体形は、BMI17以下と設定されています。これは、WHOの指針からいうと明らかに「痩せすぎ」の部類に入っています。

 ですが、一部の先進国では、この痩せすぎのモデル体型こそが「健康的」とされ、太っていることは、反対にネガティブな状態として認識されてしまっています。これは明らかに間違った健康意識、美意識です。

太っているのは怠惰?甘え?はずかしい?

 少し前に、元ホストのローランド氏が

「デブは甘え、普通に生きていたら太らない。」

という発言をして大炎上しました。

 この言葉は、まるでふくよかであること、大柄であることが醜く、怠惰であることのような言い草です。怠けているから醜いデブになるのだと人様の体形や生活スタイルを侮蔑するような姿勢の発言にも見えます。

 こういった姿勢や言動が、典型的なファットフォビアの行動なのです。一言で言えば、「体形差別」「体形蔑視」です。

チビは遺伝で、デブは甘えという考え方はおかしい

 世の中ににはたくさんの体形を蔑視する言葉があります。

  • ふくよかな人=「デブ」「ぶくぶくと太っている」
  • 背の低い人=「チビ」
  • 痩せている人=「ガリ・ガリガリ」「ヤセ」「骨と皮みたい」「色気がない」
  • 背が高い人=「でかい!」「のっぽ」

などです。現代の科学医療では、これらの体形の違いは全て「遺伝が主たる原因」だと言われています。

 また、肥満に限っては、幼少期・思春期に脂肪細胞の数が決まる時期があり、その時期に太っていると脂肪細胞の数が多い体に構成されてしまい、太りやすい体質になると言われています。

 私自身、幼少期に育児放棄で食事と言えば、チョコレート、キャラメル、ポテトチップス、袋めんを生でかじるといったような食生活でした。1食の摂取カロリーは1000kcalはあったのではないでしょうか?

 そのような異常な食生活で幼少期を過ごしたため、私は小学校で体重70キロ、思春期で体重85キロの肥満体で過ごさざるを得ませんでした。そして、そこで決まってしまった脂肪細胞の数は一生増減することはないので、私は一生肥満でいることが運命づけられてしまいました。

 私の場合は、子供時代にチョコレート、キャラメル、ポテトチップスを食事として摂るという生活をしていたため、それらの食材を食べることで発せられるドーパミン中毒になってしまい、摂食障害(過食症)にもなってしまいました。この状態は「麻薬中毒」と同等の依存性があるとも言われており、完治の難しい病気です。

 果たして、

  • 遺伝的に太りやすい体質
  • 幼少期の親の無知や育児放棄で脂肪細胞が異常に増殖した体質
  • 摂食障害(過食症)

の人にも「デブは自己責任」だと言えるのでしょうか?

ボディポジティブ、ボディポジティビティとは

 この画像を見て、人の体形の多くは遺伝的に決まると感じない人はいないと思います。先天的に小人症の人、アルビノ(白斑症)の人、手足が細い人、ふくよかな体形の人、痩せている人、背が低い人、高い人、などなど、人の体形は非常に多様で、自分自身の努力でどうにかできるものではありません。

 痩せたくてもどうしても痩せられない体質の人、太りたくてもどうしても太れない体質の人、手足が長いことに悩んでいる人、手足が短いことに悩んでいる人、本当に人さまざまです。

 こういった先天的に持って生まれた体形や体質を「肯定的に受け入れよう」という思想運動がボディポジティブ運動です。言い換えると「私が私であること自体が美しい。」という考え方だとも言えます。

 ファッション業界が「これこそが美しい体形」と画一的に喧伝してきた、痩せすぎの体形を、これこそが唯一絶対の美しい体形だと捉えるのは、あまりにも視野狭小な美意識です。今こそ、そのような商業的で画一的な美意識を改める時代になってきているのだと思います。

ファットシェイマーという呼称

 ふくよかな人をからかったり、はずかしめたり、嫌悪したりする人を英語圏では、「ボディシェイマー(人様の体形をはずかしめる品性のない人)」「ファットシェイマー(ふくよかな体形をはずかしめる品性のない人)」と呼ぶようになりました。

 どんな体形であっても、それは親からもらった大切な体で、人からとやかく言われる筋合いの話ではありません。持って生まれた体に美しいも醜いもないのです。

 単純に、「一個人には体形の好みがある。」ということに過ぎません。痩せている体形が好みという人もいれば、ふくよかな体形が好みという人がいるという、ただそれだけの話なのです。

 それなのに、自分の好みの体形以外は醜いとして嫌悪、侮蔑するのは非常に下品な行為だと思います。

内心の自由は確保してもよいと思う

 人間には様々な特性があります。特に発達障害(ASD)などは、「嫌なものはどうして嫌!」と感じる特性があります。また、嫌悪の感情が長く強く残りやすいという傾向もあるようです。

 ですから、その人の特性上、どうしても太った人が気持ち悪い、痩せている人が気持ち悪い、どうしても「嫌いな体形に嫌悪の気持ちを持ってしまう。」というのは仕方のないことだと思います。人の内心には自由があって良いと思います。

 ですが、SNSなどで自分の意見を公表できる昨今、わざわざ「人様の体形に対する不快感」を、何故公に表明する必要があるのかと思います。

 「デブは甘え」「ヤセは食わなさすぎ」「チビは恋愛対象に入らない」、そんな侮蔑の言葉を公の場で発する必要がどこにあるのでしょうか?なぜ、内心にとどめておくことができないのかと不思議に思ってしまうのです。

 これらの言動は明らかに「体形差別・体形蔑視」の言動です。デブは努力不足などと精神論を言う人もいますが、実際には「努力できる能力」も遺伝子で決まっているとさえ言われています。

 精神論者のほとんどは、自分が恵まれた遺伝子に生まれ、恵まれた環境で生きてきたという現実を度外視して、精神論を語ることが多いように見受けられます。

まとめ

 体形というのは、先天的に決まる事項が多く、本人の努力でどうにかなるものではありません。「多様性」を認めることが重要とされている昨今、自分の中に少しも「体形差別」の意識がないかどうか、今一度かえりみてほしいと思います。

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