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50代、虚弱体質・料理好きの節約シニア主婦ブログ

日本男子とイタリア男子のマザコン説

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gyao.yahoo.co.jp

ウサビッチというアニメーションでも見ながら、どうぞ。Yahoo!のGyao!に無料でも、よく落ちているし、Gyao!ストアでも買えるので、みたほうがいいよーん。

 

誰の心の中にも、ウサビッチは、いると思っています。自分が、より質の高いニンジンを手に入れるために、肉体的な暴力を振るわないまでも、社会では、力関係、上下関係を安定させるために、威圧感は必要です。それは、特に、日本の女性は身につけたほうがよろしいかと。会社組織を職場とするなら、なおさら「女であることで舐められる。」という事態はさけたいと、私は考えています。

 

「あたし、強靭ですからね。」と、強い目つきで、突きつけるくらいで、調度よいかと。私は、男女を問わず、初対面では、これくらいの態度で相手を威嚇しておきます。プライベートではハートフルなほうだと思っていますが、仕事には私情を持ち込まず、割り切ることが大切かと。私も30代で、やっと、そういうことが出来るようになった口なのですが。。

 

私の周囲の外国人おしゃべりデータだけでいくと、日本の男と、イタリアの男はマザコンで、特に有名です。


日本人の男は、母親がキビシすぎて母を乗り越えられないマザコン。イタリアの男は、母が過干渉すぎて、母を捨てられないマザコン。と、噂されやすいです。笑い話程度のうわさ話ですし、もちろん、個別の人格の問題ですから、男によって、まったく違ってきますが、文化的背景として、この傾向が強いと噂されています。どちらにしても、マザコンはマザコン。

 

日本人女性は日本人女性で、マザコン、ファザコン、社会からの異常なまでの同調、強調圧力に屈している人も少なくありません。自分の考えを持たず、人と摩擦や交渉をしなくても生きていけるくらいに、親が過干渉に育ててしまうことも問題ですし、男性が「女だから、まあ、おおめにみてやろう。」と、甘やかすところにも問題はあると思います。そして、「女は結婚したら幸せになる」という、親や社会から刷り込まれた幻想を素直に信じて、自分で生きる力を育てるという意識すら持たない女性も少なくありません。そして、結婚してから苦しむのです。

 

さらに親に自分の人生は持つな。大人になったら「親や男の経済的奴隷になれ。」「親や男の精神的奴隷になれ。」と、教えられて育った女は、正面から、親やマザコン男とウサビッチのようには戦わない。

 

そもそも、日本では「女が自分の人生を生きよう。」みたいには、教育はされませんから、自分の食うぶんは自分で稼ぎたい、とか、自分の夢のためなら、それ以外のものも、命ですらもなげだしていい、なんて考える女達は希少種ですから。

 

こんなブログをボランティアで書いたところで、必要としている人も、見ている人も少ないのでしょうが、書いている以上は正直に書きます。

 

私は、やる気出せば、ウサビッチくらいの戦闘能力はあるタイプです。そして、私は、この戦闘能力を男や家族のために使おうと思ったことはありませんでした。「お金を稼ぐ」ということと、「自分探し」に戦闘能力の全てを使い、命がけで共に戦った戦友たちは、今でも私をレスキューしてくれます。結婚はしてみたものの、自分には結婚というスタイル(相手ではなくスタイル)が合わないなぁと思ってはいますが、今のところ、自分自身が見つかったので満足しています。女性たちよ、あなたには戦闘能力がありますか?

 

いい男を落して、他の女のちょっかいから守りぬくのもよし。

お金を稼ぐことに向けてもよし。

自分の夢に向けてもよし。

バランス型配分でもよし。

 

 かわいい女は確かにかわいい。私にだって、かわいい女の部分はあります。ですが、誰にでもその姿を見せるわけではありません。マザコン男の前で、凛とした女性を演じ続けるのですか?マザコン男の前で母親のような完璧な女を演じ続けるのですか?貴女たちよ、あなたの中にある戦闘能力をきたえなさい。そして、その戦闘能力をどの方向に向けるのかを決めなさい。力の限り耐えても、なお、あなたに対して傍若無人にふるまう者がいたなら、全ての力であらゆる方法を使って、自分自信を守りなさい。

 

親や恋人や配偶者に、守ってもらうだけのかわいい女は、守ってくれる者が死んだら、生きるすべを失います。男性もしかり。母親に掃除・洗濯・炊事を丸投げして生きてきた50代、60代男性たちは、父親が先立ち、母親が寝たきりになった場合で、なおかつ心理的、経済的に母親を施設に放り込めないとなると、精神病になったり、あるいはテレビニュースのように介護うつで殺人事件にまで発展しかねない怖さがあるのです。

 

人生は自分の命を守るための戦いであると、私は思っています。ですから、自分の肉体や精神を守るためであれば、切り捨てたほうがよいものは、たとえ父であれ、母であれ切り捨てたほうがよいと思うのです。罪悪感は、父の日や母の日や、誕生日などに、ちょっとムリをしたプレゼントでも贈ればよいでしょう。個と個が集まったからこその、家族であり夫婦であるという感覚を、私は大切にして生きていきたいタイプなのです。

 

あー、また、つらつらを脈絡なく書いてしまった―。ゴメンナサイ。