この記事のブックマークのコメントが面白すぎて、読みいってしまいました。
私個人の見解からすると、最近は就職用専門学校的な大学が増えていて、
生き方、考え方、お金の稼ぎ方を教える大学が増えていると思う。
理系もまあ、中途半端な知識しか持っていない子が卒業してしまうのも
もう、現代日本の大卒あるある。
それは大学の本来のあるべき姿ではない、というのはまあ妥当。
もともと、学問なんてすぐすぐ生活の役に立つものではないんだろうし、
役に立つことがあったとしても20~30年先なんじゃないのかな。
結果が出るのはものすごい未来のことじゃないのかな。。。と思う。
日本人でノーベル賞をもらった小柴さんなんかも、物理だっけ?
あの人なんか人間の生活になんか、直接、関係ないことを研究しちゃった。
私と同等の生活レベルの庶民が、
「庶民には何にも関係ないから、あんな研究はお金の無駄遣いだから、やらなくて良かったんじゃネ?」
と、思うのは当然かもしれない。
LEDみたいな実生活にしか役に立たん研究しか、しちゃダメ!!!って
庶民に言われちゃったら、研究者はお亡くなりになってください!ってことか?とも思う。
青色LEDの裁判の時に、もう、利権の消耗戦をやってないで、研究すりゃいいのに、って思ってた。でも金がなくて出来なかったんだとも思えた。だからアメリカに行っちゃった。優秀な人材はアメリカに取られちゃうのも、日本の大卒(研究職)あるある。
大学生の頃の友人、知人のその後談を聞くときに、
各分野でムキになって勉強していた人は、やはり、経済活動、
もっと言えば、経済戦争に参加することもできず
もがき苦しんでいるという話を耳にすることもある。
あるいは、ファーストフードの店長として、
嫁と子供のために体を壊しながら、物理学同好会をつくって
それは、それで楽しむというやり方の人もいると聞いたこともある。
まれに、大学教授の席を獲得したらしいって人もいるは、いる。
話に聞くところによるとね。
サラリーマンになったり、フリーターになったり、色々。
ニート・ひきこもりになった人もいたっぽいけど、
だいたいそういう人は、消息不明になる。
仕事は不真面目に、趣味は本気でやれ!という人もいれば、
仕事に全ての情熱とエネルギーを注げ!という人もいる。
フェミニズム的に言えば、
専業主婦に全力を注げ!!!という人はたくさんいるが
専業主夫に全力を注げ!!!という人は、まだまだ足りないと思う。
また、話が脱線しているが
「学問をするための大学」と「就職用専門学校としての大学」が
一緒くたにされている昨今の、大学の定義は難しい。
「大学」というものと「就職専門学校としての短大、大学」の呼称を
分かりやすい形で決めてしまって、それを普及させることが望ましいと思えました。
そして、それを庶民に対して啓蒙活動することが「急がばまわれ」的で一番の現実的な方法なのかな?と思えます。
人文科学が必要か必要でないか、とか、大学においてどのくらいの学生数や教員数をさくかは微妙すぎて、私にはちょっと、言及できない。庶民なので…( ̄▽+ ̄*)
文系卒業者の妥協点は、出版業界、学校(短大・私大教授含む)の先生、塾講師とか、あと何なんだろ?法律とか経営の実践的なことは、もう専門学校にまかせちゃえば?と、テキトーなことを考えてしまう私は庶民。せっかく夢をあきらめたなら、振りきって、ファーストフードの店長とかのほうが案外、気持ち的にはらくなのかもしれないと思ったりして。。。